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なぜ広島ではこれほどまでにカープが愛されているのか。その野球熱のワケとは

カープ25年ぶりV 広島で瞬間最高71・0%!地元で歴代2位の視聴率60・3%!

広島が25年ぶり7度目のリーグ優勝を果たした10日の巨人戦(東京ドーム)を生中継したNHK「プロ野球 巨人―広島」(土曜後7・30)の地元・広島地区の平均視聴率が60・3%(ビデオリサーチ調べ)だったことが12日、分かった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160912-00000099-spnannex-base

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視聴率70%とは末恐ろしい。。。

私からすると視聴率70%なんてこれまでの人生では見たこともない、まさに未知の数字です。

サッカーのワールドカップの日本戦でさえ視聴率は40〜45%ほどですからね。想像もできない数字です。

さて、私は昨年広島へ初めて行く機会があったのですが、広島に着いてまず驚いたのは街がカープ一色だったことですね。

どこもかしこもカープ。カープ。

お土産屋さんに行ったらカープのお菓子やらキーホルダーやらでいっぱい。

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街一丸となってカープを前面に推しているのに驚いてしまいました。(同じ広島のプロサッカーチームであるサンフレッチェ広島のグッズはほぼ置いていませんでした) 

これほどまでに街で愛されているスポーツチームなど見たことがありませんでした。

勿論私の応援する横浜DeNAベイスターズのお菓子やらが横浜の観光地のお土産屋さんに置かれている姿を見ることなどほぼありません。

ではなぜこれほどまでに広島ではカープが愛されているのか。

また、なぜサンフレッチェ広島ではなく広島カープなのか。

そのワケについてこれから話していきたいと思います。

 

 その原点は忌まわしき戦争にあり

~カープは復興の象徴~

1945年8月6日、広島へアメリカ軍により世界で初めて原子爆弾が投下された。これにより当時の広島市の人口35万人のうち9万~16万6千人が被爆から2~4ヶ月以内に死亡した。焼け野原となってしまった広島市の中心部。そんな惨状の中でさえも復興へ向け努力する人々がいる一方で、また広島駅付近には闇市ができ、治安は悪化していきました。そんな中被爆から5年後に復興のシンボルとしてプロ野球チーム「広島カープ」が誕生しました。戦後の廃墟から立ち上がろうとした市民の心の支え、希望となったのが広島カープだったのです。

しかし、翌年にはいきなり資金難により解散の危機。しかし、当時の石本監督をはじめ選手や市民までもが一丸となり存続を目指し募金活動を始め、この危機を乗り越えました。これが伝説の樽募金ですね。

市民が球団を存続させているという意識が更なる球団愛を生んだのだと思われます。

貧乏で弱小でも必死に戦う選手の姿は、同じようにぼろぼろの状態であった市民にとっては希望の光だったのです。

そのような歴史があり、今へと繋がっており、広島県民にとってカープはただのプロ野球のチームではなく、家族のような存在なのです。

 

生え抜きの活躍と補強に頼らない運営スタイル

広島カープは、市民や地場企業の出資により誕生した市民球団です。現在でも、マツダが大株主ではあるものの、親会社をもたず企業チームではありません。そのため他球団に比べると資金力には乏しく、カープの歴史上FA補強をしたことはありません。獲得に乗り出したのも2010年の内川聖一のときだけ。

広島は貧乏球団故に補強に頼らない「FAで選手をとれない」「FAで選手を引き留められない」「育成でしか戦力をあげられない」生え抜き重視の経営スタイルであり、そのためにファンにとっては弱くとも応援しがいのあるチームであり選手に思い入れも強くなっていきカープ愛も強くなっていくのだと思います。

今年の広島のスタメンを見ても外国人選手を除く全員が生え抜きの選手で構成されています。

 

上記の理由でこれほどまでにカープは愛されているのでしょう。

今回の優勝はベイスターズを応援するファンとして敵ながら感動してしまいました。

いつかベイスターズも優勝する日を夢見ながらこの記事を終えたいと思います。

閲覧ありがとうございました。

 

 

 

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