MIJINKO blog

大学生3人組による自由気ままなブログ

元DeNAベイスターズ社長「池田純」の実績と生き方が有能すぎる。〜観客動員数増加、黒字化に成功〜

皆さんこんばんはMIJINKOblogのjohです。

突然ですが、皆さんは「池田純」という男をご存知だろうか。

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知っている人は知っているであろう。

昨年まで横浜DeNAベイスターズの球団社長を務め、幾多の改革を実行してきた若干41歳のカリスマ経営者である。

昨年、チームのCS(クライマックスシリーズ)初進出と共に任期満了で退任した後、日本ラグビー協会特任理事やJリーグ特任理事に就任するなど多方面の経営に携わっていたが、今度はプロバスケットボール男子・Bリーグ1部の川崎ブレイブサンダースを有効的買収する見通しであることがわかった。

そんな池田純氏の経歴やDeNA社長退任理由等についてまとめていこうと思うのだが、調べれば調べるほどとにかくこの男、カッコよすぎる。

生き方の参考になる面も数多くあると思うので、ぜひ最後まで目を通して頂きたい。

経歴

 池田 純(いけだ じゅん、1976年1月23日)は、日本の実業家。

株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)執行役員。プロ野球横浜DeNAベイスターズ初代代表取締役社長(2016年契約満了により退任)。有限会社プラスJオーナー。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)特任理事。株式会社大戸屋ホールディングス社外取締役。株式会社リブセンス社外取締役。「Number Sports Business College」発起人。クラフトビール「Weekend Journey」発起人

 wikipedia参照

 神奈川県立鎌倉高等学校を経て、早稲田大学を卒業。

卒業後は住友商事に入社。博報堂へ転職した後、2007年1月に株式会社DeNAへ入社。

2009年には執行役員マーケティングコミュニケーション室長に就任。

2010年4月にはNTTドコモとDeNAとの合弁会社であるE★エブリスタの代表取締役社長に就任

2011年12月、横浜ベイスターズをDeNAが買収したことに伴い、同球団代表取締役社長に就任。球団社長就任時点では35歳という若さであり、当然NPB12球団で最年少の球団社長であった。

 

如何だろうか。住友商事、博報堂の凄さもさることながら、35歳という若さで球団社長に就任がとにかく凄すぎる。

文句なしのエリート、天才という他ないだろう。

暗黒横浜の立て直しに貢献

池田純氏が就任した時点の横浜ベイスターズは2008年から4年連続最下位、21世紀に入ってからは11年間で8度も最下位に沈んでいる万年弱小チームであった。

2008年 144試 48勝94敗2分 勝率.338 借金46

2009年 144試 51勝93敗0分 勝率.354  借金42

2010年 144試 48勝95敗1分 勝率.336 借金47

2011年 144試 47勝86敗11分 勝率.353 借金39

あまりにも弱すぎて中々イメージがつき難いかも知れないが、今年のヤクルト、ロッテ並の弱さが何年も続いていたと考えればイメージし易いだろうか。

 チーム順位に伴い、当然観客動員数も低迷。

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↓1試合平均観客動員数と動員数順位(12球団中)↓

2008年 16122人 11位

2009年 17319人 11位

2010年 16800人 11位

2011年 15308人 11位

※横浜スタジアムのキャパシティは28966人

 

また、チームの意識もプロレベルではなく相当酷い有様だった模様。以下は当時ベイスターズに所属していた選手、コーチ達のコメント。

  •  寺原 「一人一人の選手が自分に投資して鍛えることが少ないのでは、と感じた」
  • 橋本将 「こんなチームもあったのか」「試合中にベンチにいる選手が少ない」「やっぱり(横浜への移籍は)間違いだった」
  • 門倉健 「(野球教室の少年へ向けて)横浜だけはやめとけよ」 
  • 内川 「横浜では誰を信じていいかわからなかった」「僕自身横浜を出て行く喜びはあった」
  • 仁志 「ここにいると自分までダメになる」
  • 工藤公康 「横浜の選手は練習しない」
  • 相川 「(ヤクルトへ移籍して)構えたところにボールが来ることに感動した」
  • 鶴岡 「(巨人に移籍し)一軍の選手がこんなに練習するもんだとは知らなかった」
  • 佐伯 「(中日へ移籍し)中日の練習はキツイキツイと聞いていたがやってる練習は全然違う」
  • 種田 「横浜は中日に比べると正直ぬるい雰囲気のチームでした。野球をしているときとそうでないときの差があまり感じられない集団でした。練習でも試合でもなんとなく始まってなんとなく終わるというか」
  • 渡辺直人 「グラウンドは野球をやるところ。みんなの練習が終わってからやるならまだいいけど、周りが野球をやっている時にサッカーをやるのはおかしいと思う。楽天だったらぶちのめされているよ。」
  • 高木豊 「横浜のキャンプを見に行ったら帽子はとっているわ、スパイクを履いてないやつはいるわ、でもうだらだらでした」
  • 加藤康 「(阪神移籍後の練習後)強いチームには強いチームの理由がありますね。それは1日で感じるし、僕も早くその一員になりたいです。」
  • 弥太郎 「横浜は練習での集中力も低いし、私服もきちっとしていない。もっとプロ意識を高めないと」
  • 小林公太 「ほんと終わってんなー選手のこと全然わかってないでしょあの会社」
  • スレッジ 「(横浜から日ハムに復帰して)意識の高いチームに戻ることができて良かったと思います。」

また、ファンからも横浜だけ次元の違う戦いをしていると蔑称の意味を込めてセ・リーグならぬ「ベ・リーグ」と呼ばれる有様。

そんなドン底の状態で球団社長に就任したのがこの池田純氏である。

 改革の初手として、まずはチームの雰囲気から帰るべく中畑清氏を監督に抜擢。

当時の横浜は挨拶もまともにできないほどの体たらくであったが、これを中畑氏が根本から変えていった。

そんな中畑監督の表情が険しくなったのは、午前10時20分の練習開始直前。外野にナインを集め、「おはようございます!」と語りかけたが、反応がない。

「そういうのが、おれはイヤ。みんなで反応して、つながっていくことが大事。声を掛け合い、きちっと反応し合おう。わかったか!?」と語気を強めた。最下位からの脱却を目指し、コミュニケーションの取り方から丹念に変革していく覚悟だ。

そして池田氏自身も球団経営面で大きな改革を幾多も実行した。

池田氏がTBSから球団経営を引き継いだ際、まず職員の危機感のなさに驚いたという。

池田氏は当時の会社のことをこう語っている。

‘‘この会社には普通の会社ならばあるべき、基本的な「仕事の仕組み」がなく、まるで10数年前に時を刻むことをやめてしまったような会社だった”

‘‘例えば、どの企業でも社員との面談の上で個人個人のミッションやコミットメントなどを設定し、四半期後、半期後あるいは1年後にそれらをレビューし、個人の評価が決まるといった基本的な仕組みがあると思いますが、それすらありませんでした。さらにオフィスのIT化が遅れていて、eメールの文化もなかった”

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また、セクショナリズムが強く、違うセクションの人とは仕事の話をせず、業務上必要最低限な横連携が取れていなかったという。

そこでまず改革の初手として社内の風通しを良くするため、社員全員と面談するところから池田氏は始めたという。

経営面においても池田氏は、横浜スタジアムとの契約の見直しに着手し、これまでチケット売り上げ総額の25%を横浜スタジアムに支払っていたが、これを13%に引き下げることに成功。

また、買収当初は、スタジアムとの経営母体が別だったため、ボールパーク化を進めることは難しかったが「イニングの合間にトイレにいく時間がない」と言われるほど、Tシャツボールを投げ入れたり、ダンスで楽しませたりと、多彩なイベントを演出し球場を盛り上げた。

更に20代後半から40代前半の男性にターゲットを絞り、レプリカヘルメットやキャップを配布する企画やイベント等を次々実施し、球場外にはビアガーデンを作るなどしてファンクラブ会員を倍増させることに成功した。

最終的には横浜スタジアムを買収し球場の一体感を実現させ、球団オリジナル醸造ビールを販売を始めるなど、億単位での利益を出すことまで成功させた。

 観客動員大幅増加、黒字化に成功。チームも初のCSへ!

池田氏をはじめとしたDeNAの営業努力により、結果として観客動員数は大幅に増加した。

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1試合あたりの平均観客動員数は

2012年 16194人 12位(12球団中)

2013年 19802人 10位

2014年 21730人 8位

2015年 25546人 7位

2016年 26933人 7位

2017年 27538人 6位

更に観客動員数全体で見ても

横浜観客動員数

09年 125万人
10年 121万人
11年 110万人

池田社長就任
12年 117万人
13年 143万人
14年 156万人
15年 181万人
16年 194万人

と年を追うごとに右肩上がりなのが見て取れ、ファンクラブ会員も球団買収時の11.8倍と爆発的に上昇した。

更には2011年には年間30億円あった赤字を僅か5年で黒字に転換させるなど自らの手でその経営手腕が本物であることを証明した。

 

それに比例するかのようにチームの成績も年々上昇。

2012年 144試 46勝85敗13分 勝率.351 借金39

2013年 144試 64勝79敗1分  勝率.448 借金15

2014年 144試 67勝75敗2分  勝率472 借金8

2015年 144試 62勝80敗1分 勝率.437 借金18

2016年 143試 69勝71敗3分 勝率.493 借金2

おおよそ右肩上がりで成長し続けていることが見て取れるだろう。

2015年で1度落ち込みはしたが、この年は前半戦を首位でターンするなどただの最下位とは違う見せ場もあった。

 

池田社長の去り際が格好よすぎる

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現在、幾多の改革に成功しようやく球団経営も軌道に乗り、チームも初のクライマックスシリーズに進出するなどまさにこれからの時。
1998年以来のリーグ優勝も夢物語ではなくなってきたこの時期、なぜ一線を退くのか?

それについて池田氏は以下のように答えている。

de-baystars.doorblog.jp

「僕は何事であっても“執着”するのが嫌いなんです。経営者として立場にあぐらをかいてしまったり、攻める気持ちを失ってしまってはダメ。だから筒香(嘉智)の気持ちが分かるんですよ。筒香は自分が成長するためにわざわざ“居心地の悪い場所”を求めてドミニカのウィンターリーグに行ったじゃないですか。僕も似たところがあって、最近、居心地が良くなってきてしまっている。こうなると執着が生まれてしまうんですよね。はっきり言ってそうなると面白いモノが創造できなくなってしまうんですよ

やはり格好よすぎる。

言葉で言えても実際にこれを行動に移せる人間が果たしてどれほどいるだろうか。

自分が舵を切り赤字垂れ流しの万年最下位の球団を立て直し見事毎試合満員御礼の人気球団までのし上げた。

当然、関係者やファンを含め周りの人間からはまるで英雄のように讃えられチヤホヤされるだろう。

大抵の人間はここでチヤホヤされることに快感を覚え現状の地位を確固たるものにしようとするはずだ。

だが、彼は違った。

そうなると保身的になりクリエイティブではなくなってしまうと言い、チームを軌道に乗せた段階で退任を決断した。

「僕はあとから“オレが〇〇をやったんだ”と言うような経営者だけにはなりたくないんですよ」

成果をあとから誇示するような人間にはなりたくない。
だからこそ今を生きることに徹底し、今後何をするかさえ白紙の状態で退任にいたった…

 

池田社長から学ぶ生き方、考え方

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 通常、がんばって成果を出し、立場を強固なものにすると、そこに既得権が生まれる。いつしか人はそれに執着し、保身に走り、クリエイティヴではなくなる

これは、どの世界でも言えることであろう。

人は立場を築くとその立場を守ることを考え、どうしても保守的な生き方になってしまう。

だがその立場に驕ることなく常にチャレンジする姿勢を持ち続ける。

「私も池田氏をお手本にそのような生き方をしたい。」

そう思わざるを得ないほど彼の生き方は格好良く尊敬に値するだろう。

 

 この先彼がスポーツ界をどう賑わしていくのか。

今後の動向に注目だ。